ウェンディゴ憑き(WINDIGO
PSYCHOSIS)
――狂気の一形態――
著者:Daniel Harms
日本語翻訳:TRAM
『私が語ったような事柄は、概して彼らの感情的なものだ。私はこれを躁病や熱病、脳ジステンバーの類だと見ている。彼らの目は野生味を帯びていて、爛々と輝いている場合も稀にある。私にはそれがどうも頭に引っかかるのだ。彼らは突然の間隔で襲ってくる発作の時を除けば大抵は理性的だ。発作時の彼らの行動は様々で、毎回の反応も完全に違う――不機嫌であったり物思いに沈む、野生的になる、完全に無口になってじろじろと見回す、突然の痙攣、支離滅裂な行動、意味不明の言語などだ。』 ――from the letter-journal of George Nelson,
in "The Orders of the Dreamed"この記事は Pagan Publishing から出版されているキャンペーンシナリオ「Walker in the Wastes」用のサプリメントとして書かれているけれども、イタクァやその眷族が出てくるようなシナリオにも役立つだろう。
カナダおよびアメリカ北部に住むクリー族やオジブワ族の神話によれば、ウェンディゴ(綴りは windigo、whitiko、wendigo、weetigoなど様々)は森に住む氷の精霊である。ウェンディゴは巨大だとの報告も幾つか存在する一方で、それよりも小さな人間サイズの生物であるとの報告もまた存在する。この精霊たちは人間の肉を食するため、現地の諸部族はウェンディゴを畏怖の対象としており、ウェンディゴをなだめるために人間の生け贄を捧げることさえあるという。
ウェンディゴ伝説のある一面は、世界中に数限りなく存在する悪霊の物語とは一線を画している。自分がウェンディゴへと変貌を遂げた経験があると信じ込んでいる者がいるのだ。この症状は男女ともに及んでいるが、男性の間に起こるのが一般的で、特に狩りに失敗して長期間単独でいた人物に多く起こっている。強力な老シャーマンもこの症状には無防備だ。というのも悪意ある意図で魔法を使用すれば、術者にも反動が来ると言われているからだ。部外者がこの様な症状になったという報告は未だかつて一度もない。
ウェンディゴへと変貌を遂げる過程は人により様々である。猛烈な飢えのため人肉を食べた人物がそうなる場合もある。他には、姿を変えた悪霊が夢の中に出てくるという場合もある。もし夢の中で人肉を食べるよう説得されてしまえば、彼もしくは彼女はウェンディゴとなる運命にあるということなのだ。どちらのケースにしろ、己の肉体がウェンディゴによって憑依されているということを当人が感じている場合が多い。
ウェンディゴ憑きの始まりは突然(長期に渡るケースもある)だが、その症状はなかなか表には現れてこない。罹った人物は当初は単に気持ちが塞いでいるだけのように見えるのだが、やがて常軌を逸し通常の食事を拒むようになる。患者は人肉(特に自分の家族の)を食べることで頭が一杯になり、自分の周りの家族たちが動物に見えるような幻覚さえ引き起こす場合もあるという。その後、言語能力も失われ、外見も気にしなくなり、自分の指や唇を噛んだりすることさえある。また、野生的な気分変動(訳注:躁鬱病などに主に見られるもの)を経験し、自分の内臓は凍り付いていると主張する者さえいる。「ウェンディゴ」たちの中で初期段階において自分の行動を抑制できる者もいるが、(そういう者でも)時間が経てば彼らが親族や近隣の者を攻撃しないよう拘束され、注意深く監視されることとなる。捕らえられた人々は、過去多くの苦しんできた者たちに下された悲しい運命を思い、この苦しみを断ち切るためにも自分を殺してくれるよう哀願するという。
ウェンディゴ憑きの伝統的治療法は数多く存在する。ウェンディゴ憑きの犠牲者の心臓は氷でできていると見なされる。それゆえこの症状の地元なりの治療法としては、火の側に座らせて患者に無理矢理に熱っした熊の脂肪を食べさせたり、大量のアルコールを飲ませたりするというものがある。この両者の方法は苦しむ者の氷の心臓を溶かすのに有功だと考えられている。サウナ小屋での詠唱による浄化儀式なども有益な効果があるといわれている。しかしこれに反して、患者を処刑する以外に方法が無い場合も数多い。特に患者が既に人肉を食べてしまった場合だ。この場合は大抵は斧で執行され、その後患者の心臓は溶かすために火へと投げ込まれる。
心理学者や民俗学者はウェンディゴ憑きの起源に関する推論を幾つか打ち出している。犠牲者は冬の間に家族を養っていくことに対する重圧に押しつぶされたのだと信じている者もいる。一方で、病気などは端から存在せず、ヨーロッパの魔女裁判のように共同体から不要な要素を取り除くために使われているのだと断言する者もいる。しかし両者の説明のどちらも、隣接した部族のクリー族とオジブワ族の対応が違うことに対しての明確な説明とはなっていない。
クトゥルフの呼び声におけるウェンディゴ憑き
ゲームに使用する目的でなら、ウェンディゴ憑きはイタクァとその眷族に遭遇した結果であると想定することができる。そういう意味でなら、この症状は部外者にも現地人にも効果を及ぼすだろう。ただ、現地人の方がより起こりやすいだろうが。この精神的異常は、自分とウェンディゴを同一視させるような出来事を経験することによって心乱された人物に対する結果としては最適のものだ。例えば単にイタクァを見たというだけでは十分な原因とはならないが、「Wind-walker」の儀式に自発的に参加したり、探索者たちのよく知る人物だった「ウェンディゴの子供」と出会ったりなど。いずれにせよこの症状は不定の狂気としてのみ使用し、キャンペーンゲーム中でも一度か二度現れるだけに留めておいた方がいいだろう。
「ウェンディゴの子供」については「Walker in the Wastes」にて詳しく説明されているが、つまりは下僕となるようイタクァによって変形させられてしまった人間たちのことである。これによりウェンディゴ憑きは探索者たちにとって余計深刻なものとなるだろう。彼らの友人は本当にウェンディゴへと変えられてしまったのだろうか? それとも精神的な障害として罹ったものなのだろうか? そして、探索者たちがカナダを旅している時に遭遇したものと同様の連続殺人がイタクァの勢力圏から遥か南にある自分たちの故郷で起こったら? 上で列挙した様々な治療法の有効性は、実際の治療効果よりも患者がその治療をどれだけ信じているかによるだろう――だが、現代医学の方がより効果的と言えるだろうか?参考文献一覧
- Brightman, Robert. "Windigo in the Material World." Ethnohistory, v. 35, no 4, 1988, pp. 337 - 379.
- Landes, Ruth. Ojibwa Religion and the Midewiwin. Madison: University of Wisconsin Press, 1968.
- Marano, Leu. "Windigo psychosis: the anatomy of an emic-etic confusion." In Culture-Bound Syndromes, Ronald C. Simons and Charles C. Hughes, eds. Boston: Dordrecht, 1985.
- Nelson, George. "The Orders of the Dreamed": George Nelson on Cree and Northern Ojibwa Religon and Myth. Saint Paul: University of Minnesota Press, 1988.
- Parker, Seymour. "Witiko psychosis in the context of Ojibwa personality and culture." American Anthropologist, vol. 62, 1960, pp. 602-23.
Original article 1997 (C) Daniel Harms.
訳者ノート:WINDIGO PSYCHOSISは実在の精神病のため、正式な訳語(例えばウェンディゴ症候群?)があると思いますがこの翻訳では敢えて「ウェンディゴ憑き」としました。また、WINDIGOの日本語表記は「ウィンディゴ」が近いと思いますが、ルールブックにおける表記との統一を考えて「ウェンディゴ」としています。また、「Walker in the Wastes」を所持していないため「Wind-walker」の儀式とは何なのかが分らず、そのままとしておきました。ご了承ください。
WINDIGOの精神医学的な意味合いを辞書(ランダムハウス英和大辞典第二版)から引用しますと『オジプア族などのカナダインディアンに発した文化特異性の症候群。激越性鬱(うつ)病と人食いの巨人がついてくるという憑依妄想があり、実際に食人行動をする』ということのようです。(TRAM)