ミステリアス・マニュスクリプト
「黄衣の主君(Lord of the Yellow Sign)」
著者:Brian M. Sammons
日本語翻訳:TRAM
「黄衣の主君」
作者:ラルフ・W・ルースゲート
言語:英語、ラテン語
クトゥルフ神話:+5
正気度:1D4/1D8
呪文倍数:×1
学習時間:1ヶ月
印刷:現存は1部のみ、1919年
呪文:ハスターとの接触、名状し難き約束この魔性の作品は1919年に作家兼監督のラルフ・W・ルースゲートの創造性豊かな精神から産み落とされた。これは彼の第三作目であり最も野心的な映画の脚本であったが、制作が完成することはなかった。フィルムを撮り終える前に恐ろしい悲劇が起こり、ルースゲートや多くの出演者、撮影クルーたちが死亡したのだ。この異様な出来事は夜に起こったが、今日まで多くの謎を残している。というのもその恐怖の夜を生き残った者たちの証言には多くの矛盾が見られるからである。知れたことといってもせいぜいはゴシップか、噂話といった類のものばかりだった。
ルースゲートは時代に先んじた夢想家だった。陰鬱な雰囲気の彼の初期2作の映画――「名も無き男」と「闇を見よ」――はフィルム産業界でも賛否両論であった。映画評論家たちはルースゲートを死の醜い面を描かせたら最高の達人か、さもなければ狂気の心を持った悪趣味な愚者だと評した。いずれにしろ、ルースゲートが第三作目を撮り始めたという報が流れると、銀幕の新人スターたちは彼のドアを叩いた。スターを使うのはルースゲートの流儀ではなかったので彼は全員を断り、その代わりに無名の俳優を使うことに決めた。『有名スターを使うことでこの物語の持つパワーを曇らせるようなことは私はしない。使うなど許されざる罪と言ってもいい。』とは彼の弁だ。
新作の企画はルースゲートが最も気に入っている作品――有名ではないにも関わらず悪名高い演劇「黄衣の王」――を題材にしている。フィルムは演劇の再演でもあり、作品に対する監督の研究の自叙伝的発表でもあった。映画内では、若かりし頃のラルフ・ルースゲートが父親の書斎にてその書と初めて出会い、その後絶えず心を占めることとなるその演劇への強まる執着の人生を描いている。そして演劇のクライマックスでは彼(作中の架空のルースゲート)は最終的には宇宙の大いなる理解へと到達する。興味深いことに、殺人および火災によって多くの命が奪われた時には丁度クライマックスのラスト部分を撮影していたところだった。
映画の脚本は20部だけ作成されたと言われている。その脚本は無地の紙にタイプライターで打たれており、イミテーションの黒革で装丁されている。表紙には映画名とルースゲートの名前がある。裏表紙には「黄の印」といわれる極めて特殊なシンボルが金箔によってプレス加工されている。装丁は紐で綴じただけのぞんざいなもので、破れてバラバラになることも多かったらしい。現存する脚本は1部のみらしく、大半が炎の中に消えていった。信じられないほどの偶然にも、焼失を免れたその1部とはルースゲートが所有していた本人の注釈つきの代物だった。
原文の大部分は(ぞっとするような部分もあるが)典型的な映画の脚本と言えるものだった。そこには背景やカメラアングル、照明のライティング、俳優の動きなどが記載されているが、会話部分は全く無い。というのも無声映画の時代だったからだ(その場所には対応するシーンの会話カードのリストが掲載されている)。この作品を映画史研究家とともにオカルティストにも興味深いものとせしめているものに、ルースゲート自身によって脚本の余白や行間に書き込まれた手書きのメモや悪戯書きがある。
インクや鉛筆で記入されており、ルースゲートがフィルムの撮影中に狂気の縁へと転がり落ちていく様を証明するかのような謎めいた言葉や絵が書き込まれていた。初めの部分には脚本の手直しの個人的メモが僅かにあるくらいだったが、すぐに暗い不吉な内容の書き込みが見え出してくる。何個所かはルースゲートは英語で書くのを拒み、その代わりにラテン語で書き込んである。撮影が終わりに近づくと、彼は誰も知らない奇妙な言語でとりとめもなく話すようになっていた。脚本全体を通して書き込まれているのは、名も無き奇妙な男との密かな邂逅のことや、暴力や全てに対する憎しみへのそれとない言及である。
最後の夜に何が起こったかを正確に話せる者は誰もいない。公式の記事によると、ルースゲートは狂気に陥り大半の者を殺害した後に燃え盛る舞台の上で劫火の中死亡したとのことである。記事にはそれ以外に二つのバージョンがある。ルースゲート以外の「黄衣の主君」の衣装を着た何者かが殺人を犯した人物だとしているものもある。また他のバージョンでは、生存者の談話として古びた黄色のガウンを纏った人物が劫火の中決して火が燃え移ること無く踊り、くるくる回っている様を目撃したという事例も伝えられている。
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1997 Brian M. Sammons
訳者ノート:「ミステリアス・マニュスクリプト」はクトゥルフの呼び声の世界にマッチした様々な架空の書物を紹介するシリーズで、毎号様々な著者が執筆しています。(TRAM)