著者:Shannon
Appel
日本語翻訳:TRAM
本文章は蛇人間についての研究の成果を記したものだ。彼らは地球生まれにして、超古代に活動していた種だった。
歴史
地球上に最初の爬虫類が出現したのは石炭紀、今からおよそ三億年前のことだった。過酷な進化の競争を経て、一部は体格も大きく、より知的に、そしてついには直立歩行するまでになった。およそ二億七千五百万年前の二畳紀の時代に、初期の蛇人間が出現した。グレート・オールド・ワンであるイグは全ての蛇の父と言われており、それゆえに蛇人間達は当初よりイグを崇めていた。伝説では、この初期の蛇人間達が――超大陸パンゲアの中央部近くに位置する肥沃な土地――ヴァルーシアに彼らにとっての最初の帝国を築いたという。この帝国は魔術と錬金術がその根本を成しており、最盛期にはこの古生代の世界の大半を支配していただろうことは想像に難くない。いくつもの伝説の中で真実がどれほど存在するのか言明することは難しい。当時地球に居住していた古のものやイスの偉大なる種族が残した記録にはこの初期の蛇人間に関することも僅かながら存在する。いずれにせよ恐竜たちが台頭してきた二億二千五百万年前に、この最初の帝国は滅亡した。
ヴァルーシアの古代文明が滅びたとはいえ、多くの蛇人間達は生き延びた。彼らは地下に逃げ、世界が再度住みよい状態になるまで隠れ潜んだ。蛇人間の築いた地下文明の中でも最も偉大なものは――現在の北アメリカの地下深くに位置する――ヨスである。少なくとも二億年の間、蛇人間達はそこに暮らしていた。彼らの文明は隆盛と没落を繰り返した。
五百万年前、ヨス文明はかつて無いほどの隆盛を見た。蛇人間達は偉大な科学者となり、気まぐれに生物を創造することも可能なほどであった。その生活は豪奢を極め、幸福に満ちたものだった。
好奇心旺盛な探険家達が黒く輝くン・カイへの道を発見した時、ヨスのその後の運命は明らかとなった。そこで彼らはツァトゥグァを祭る巨大な祭壇を発見する。この蟇蛙に似た神は驚異的な力と知性を持っており、多くの蛇人間達がイグからその崇拝の対象を代えていった。イグはおのれを見捨てた蛇人間達を快くは思わず、それゆえに彼らに呪いをかけた。ヨスの蛇人間達は自らの発声能力とその四肢、そして知性を失ってしまった。彼らは遥か昔の姿である蛇へと変わってしまったのだ。
イグの忠実な崇拝者だけがその呪いを逃れ得た。高司祭Sss'haaがイグの真の崇拝者たちを率いてヨスを出た。彼らは北方の地ハイパーボリアへと旅をし、ヴーアミタドレス山の近くに住まった。
ヴーアミタドレスの下で、蛇人間の偉大なる化学文明は繁栄を続けた。この頃から彼らは純粋な知性だけの存在の如き酷薄な生物へと変貌していった。彼らにはモラルなど存在せず、彼らを統べる唯一の法は常に満たされるべきおのれの好奇心であった。ハイパーボリアの蛇人間達は遺伝子工学にも着手していた。およそ三百万年前よりハイパーボリアの地上を支配していたヴーアミ族も彼らの作であると言われている。しかしヴーアミ族がツァトゥグァと特別な協力関係を築いていたことからも、この蛙に似た神(に対する信仰)の痕跡は残っていたようだ。
ハイパーボリアの蛇人間達のその運命の正確なところは未知のままだ。彼らが作り上げたヴーアミ族も百七十万年前にイタカの冷気により脇へと押しやられてしまった。人間たちは百万年前にハイパーボリアへと辿り着き、新しい文明を作り上げた。七十五万年前には彼らもまた去ってしまう。今日ではハイパーボリアの名残はグリーンランドに見ることができる。
蛇人間達が移住した五百万年前の時点では、状況は地表でもまた変化があった。最初の帝国を滅ぼした恐竜はその姿を消して久しかった。そして哺乳類が台頭していた。またアフリカでは人類の祖先である最初のヒト科生物が進化を遂げていた。
ハイパーボリアから逃れた蛇人間達は新しく隆起した土地レムリアに王国を築こうとした。だが不幸にも彼らは新しい種である人類との闘争に巻き込まれることとなる。紀元前五十万年にレムリアにおける蛇人間達の文明は崩壊した。さらに南へと逃げ延びた蛇人間達はトゥーレ大陸へと到達した。ここで彼らはついにその帝国を再建することとなる。彼らは第二帝国と名づけ、その帝国は後に伝説となった地ヴァルーシアの中央部に位置した。戦いは幾度も繰り返されたが、最終的にはトゥーレ大陸の人類は奴隷階級となっていった。一部の者はこの過酷な地から逃れたが、世界の中心部は蛇人間が支配していた。
だがあいにくと爬虫類の時代は過ぎ去っており、すでに哺乳類の時代が始まっていた。
蛇人間達は大半の原始的な人類を虐げていたが、人類の進化はあまりに目まぐるしかった。百万年程度かかったが、最初の人類文明――カメリア、ヴェルリア、グロンダル、トゥーレ、コモリア、アトランティス、レムリア――が台頭してきた。数々の戦いの後に、蛇人間の第二帝国は滅んだ。それ以来、ヴァルーシアは人間によって支配された。一部の蛇人間達はトゥーレ大陸の南部へと逃げて新王国を築いたが、大半は地下へと逃げたか、冬眠もしくは死亡した。だがこの地に留まっていた蛇人間達は世界の支配権を明け渡すことには不本意だった。武力では負けた彼らは、計略へと方向転換した。変装する能力を使い、彼らは人間の権力者に取って代わって国を支配した。これは長い間成功していたが、カルという名のアトランティス人がその陰謀に終焉をもたらした。それは紀元前一万八千年のことだった。
カルの支配の後すぐに大災害がトゥーレ大陸を襲った。蛇人間の南王国の終焉のこれが始まりだった。千五百年後に、何世紀にも渡って災害と奴隷制に苦しんだレムリア人の生存者は大災害を免れた蛇人間の都市に逃げ込んだ。そして蛇人間の南王国は滅んだ。しかしステイジア――その廃虚の上に築いた人間たちの王国――は蛇人間達の――イグへの崇拝も含む――信仰の多くを引き継いだ。
蛇人間の最後の生き残りたちはさらに南へと逃げ、そして大洋へと辿り着いた。この地に彼らは最後の都市ヤンヨガを築く。その都市は以前のような壮大さは見る影も無かった。数千年の間存続していたが、紀元前一万年にカルの子孫のキンメリア人によって滅ぼされた。
それ以来、世界の歴史の表舞台に蛇人間が出てくることはない。いまだ彼らは奥深い洞窟の中に隠れ潜んでいるとは言うものの、その力はすでに失われている。
現代世界における蛇人間
現代世界で見受けることのできる蛇人間には主に4つのタイプに別れる。退化種、潜伏者、ドリーマー、スリーパーだ。退化種は地下世界に引きこもっており、現代世界に影響を与えることは殆ど無い。退化種の中には人間との異種交配によって退化した者もいる。様々な亜種が存在するが、みな四肢を、そして知性や会話能力までも失ってしまっている。最も知られている退化種は、未だにウェールズやスコットランドの地下に棲む大地の妖蛆である。アメリカ南西部の失われた谷のオールド・ワンや、中東の無名都市の這いずるもの(slitherers)も蛇人間の退化種だ。
訳者注:大地の妖蛆(Worm of the Earth)は同名のロバート・E・ハワードの小説の題名からそのまま訳語を使用しました。「這いずるもの」は、適当な訳語が見つからなかったため私が付けたもので正確な名称ではありません。
潜伏者は生来の変装能力を使って人間に化け、人間社会に潜り込む。大抵の潜伏者は数千年を生きる強力な魔術師だ。なかでも遺伝学者スルター(Ssruthaa)と大祭司サタサー(Ssathasaa)の二人は強力な潜伏者である。
ドリーマーは遥か昔にドリームランドへと逃げた蛇人間達である。彼らは昔イグがヨスに呪いをかけた際にズィンの地下納骨所を通ってその地へと逃げた。それゆえドリームランドに住む蛇人間の大半は未だにツァトゥグァを崇拝している。
スリーパーは何千年もの間冬眠を続け、そして今目覚めた蛇人間達のことである。彼らは終末の時が近づいていると考えており、早急に第三にして最後の帝国を築く意思を持っている。蛇人間の中でもこのスリーパーが最も危険な存在だ。彼らは極めて強力で、遥か昔に種が一掃された手痛い敗北のことを知りはしない。
生態
蛇人間は爬虫類の進化の最終形である。彼らは蛇――特にコブラ科の蛇――に似た形態をしているという共通点があるが、改良点が四つある。彼らは知的で四肢を持ち、直立歩行が可能な恒温動物なのだ。蛇人間の聴覚はあまり進化しなかったが、他の感覚は非常に鋭い。視力は極めて優れ、特に動体視力が素晴らしい。蛇人間の鼻孔の側にある窪みは原始的な赤外線知覚の機能を果たしている。地下に潜む退化種はそれが最も発達している。蛇人間の嗅覚はヤコブソン器官がその役目を担っている。二股に分かれた舌を使い、蛇人間は化学薬品の臭いをこの極めて敏感な器官へと送ることが可能である。訳者注:ヤコブソン器官…多くの動物、特に爬虫類の硬口蓋にある一対の盲管状の嗅覚の働きをする袋
多くの蛇がそうであるように、蛇人間もまた毒を持っている。アフリカに生息するドクハキコブラのように毒液を吐くことが可能な亜種も存在する。蛇人間の中には催眠眼を持つ種もある。大半の種は長期に渡っての冬眠が可能だ。
蛇人間の多くは魔術師である。人間の形態に変化する能力や、殺害された死者の霊を使役したり死者を操る能力は蛇人間にとっては最も一般的な魔法能力だ。
特に重要なことは、蛇人間は極めて長命もしくは不死の存在であることだ。数千年の時を経て蛇人間の多くは未だに生き続けている。
テクノロジー
蛇人間は偉大な科学者でもある。中でも錬金術による有毒物質の創造や数多くの生命体の遺伝子操作などがよく知られている。グリーンランドのヴーアミ族やクン・ヤンのギャア・ヨトンなどは彼らの操作による産物だ。現代世界では、極一部の潜伏者やスリーパーがその技術を今に伝えている。社会
現代世界では、蛇人間達の社会は殆ど失われている。一部の退化種やドリーマーらは原始的な部族社会を形成しているが、大半の蛇人間達は人間社会の中に潜りこんでいる。蛇人間の形成する社会は無政府状態に近い、個々人の独立性の強い社会であると言われている。宗教
蛇人間の主神は彼らの創造者イグである。イグは多くの名――ダンバラー(Damballah)、ククルカン(Kukulcan)、ケツァルコアトル(Quetzalcoatl)、セト(Set)――で呼ばれている。イグは人間型の蛇の姿で現れることが多いが、巨大な蛇の姿を取ることもある。伝説によれば、イグはクン・ヤンの下にあるンゴスの穴に囚われているという。過去に人類は蛇人間からイグの崇拝を学んだこともしばしばある。改宗者はハイパーボリア時代ではアーケロンやスティジャンス、アメリカインディアン、クン・ヤンの人々などである。今日では、蛇の母(the Mother of Serpents)がイグの司祭の中でも最も強力な存在の一人である。
訳者注:「蛇の母」とは人名らしいのですが、詳しくは不明です
一部の蛇人間達は他の蛇に似た神――暗きハン、蛇の髭を持つバイアティス――を崇めている。
訳者注:いずれも『妖蛆の秘密』に記された予言の神
蛇人間達がヨスに潜んでいた頃、数多くの者が蛙に似た神ツァトゥグァへとその崇拝の対象を変えている。そのためイグはこれらの者たちに罰を下し、退化の呪いをかけた。ツァトゥグァ崇拝者の極一部が逃れ得て、ズィンの地下納骨所を通ってドリームランドへと逃げていった。
シナリオアイデア
1.『死んではいなかった…』――伝説のヴァルーシアの時代に生きたスリーパーが目覚めた時、蛇人間達は週末の時が来たことを確信する。このスリーパーは有力な潜伏者たちを招集し、第三帝国の創造に向けて動き出す。パラノイアに満ちた叙事詩的キャンペーンを作り上げることも可能だ。蛇人間達が時計の針を二億七千五百万年前に戻すことができたとしたら?2.退化――退化種の蛇人間達が地下深くに潜んでいるといえども、怒りが、恐怖が、そして単純な飢えが彼らを地表へと導くこともある。キャトルミューティレーションを調査していた探索者達はその原因が退化種にあることを知る。だが退化種が棲む洞窟を調査するのは自殺するに等しい。あるいは退化種達が恐怖により洞窟を逃げ出したのだとすれば、彼らを追い出したものとはいったい何なのか?
3.蒼の遺伝子――近年の遺伝子工学の急速な進歩は蛇人間の暗躍によるものなのだろうか? 彼らは人類の遺伝情報を弱体化させることも、さらには人類に蛇の遺伝子を埋め込むことも可能なのだ。そう、時が至れば全人類が蛇人間となるようにすることも。
4.すぐそばにいる悪魔――プレイヤーに潜伏者を演じることを許す大胆なキーパーもいるだろう。自らの種族に敵意を抱く蛇人間は、数多くの興味深いシナリオを作るネタになる。
主要文献
- Conan of Aquilonia, by L. Sprague de Camp & Lin Carter
- 『コナンと毒蛇の王冠』デ・キャンプ&リン・カーター
- 『イグの呪い』ゼリア・ビショップ
- 『ハイボリア時代』ロバート・E・ハワード
- Keeper's Compendium, by Keith Herber
- Legion from the Shadows, by Karl Edward Wagner
- 『俘囚の塚』ゼリア・ビショップ
- 『七つの呪い』クラーク・アシュトン・スミス
- 『影の王国』ロバート・E・ハワード
- 『ゾンガーと魔道師の王』リン・カーター
- "The Vengeance of Yig", by Lin Carter
- "Where a God Shall Tread", by Scott David Aniolowski
- 『大地の妖蛆』ロバート・E・ハワード
本記事は1997年夏発刊のStarry Wisdom V1 #3のために執筆しました。蛇人間達がレムリアに存在することの正当な理由付けを行なうため、一部設定に手を加えた部分があります。
Shannon Appel
訳者ノート:翻訳するうえで、日本ロバート・E・ハワード愛好会のHPを大変参考にさせていただきました。ちなみに文中に出てくる「カルの子孫のキンメリア人」とは、小説や映画などでも有名なあのコナンのことですね。コナンや彼が活躍した時代に関する情報に興味がある方は、上記のHPをご覧になってみてください。
主要文献では日本で出版されているものはできるだけ日本語版の題名を掲載しようとしたのですが、全てに対してチェックを行なえたわけではないため、私が調べ得た限りのものということでご了承ください。また文中に登場する固有の名称についてはできる限り正確な日本語表記を目指しましたが、一部で私が訳語を独自に判断したものやそのままの英語表記としたものもあります。もし用語等でここが間違っているなど、ご指摘の点がございましたら私TRAMまでご一報ください。(TRAM)